2004年11月04日

齋鹿(斎鹿) 逸郎を語る

桑風.net/齋鹿(斎鹿) 逸郎資料室を拝見しながら、日本画家W氏と俵屋画廊の個展の話を聞く。「ギリシャの哲人ターレスは、万物の原理体は水だ」と表記された部分に目が止まる。ターレスは、昔に関心持った哲人の一人であり、表現の一つのルーツではないかと探っていた時期がある。この問題についての思考は、まだ方向が見えていないが、思考そのものについては楽しめている。ターレスは、歴史上名前が伝わっている最初の哲学者であると伝えられている。

二人の哲学者の見解の抜粋

アリストテレス 『形而上学』 第一巻第三章

「最初の哲学者たちの大部分は、物質の本性に属する原理が全ての事物の原理(起源)であると考えた。全ての物がそれから成っており、それから由来し、最終的にそれに帰ってゆくものが、全てのものの要素であり原理(起源)であると、彼等は考えた。

タレスは、こうした哲学の道を開いた人だが、「それは水だ」と言っている。それゆえに、大地は水の上にあると彼は唱えた。彼がこう考えたのは、全ての生き物の養分が湿ったものであり、温かいものは湿ったものから発生しそれによって生きている、ということを見たからだろう。」

ニーチェ 『ギリシャ人の悲劇時代の哲学』 (第三章)

「ギリシャ哲学は、一つのとんでもない思いつきから始まるように見える。水が万物の起源であり母体である、という命題である。ここに立ち止まってまじめに考える必要があるのだろうか?
─ある。三つの理由から。第一に、この命題は、事物の根源について何事かを述べている。第二に、この命題はそれを比喩や寓話でなしに語っている。そして第三に、この命題の中には、まだ繭の状態でだが、「全ては一つである」という思想が含まれている、からである。最初の理由は、彼をまだ宗教家と迷信家の仲間にしているが、第二の理由は、この仲間から切り離し、彼を自然研究者として示す。しかし第三の理由で、タレスは最初のギリシャの哲学者と看做されるのである。」
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タレス Thales

前580年ころ活躍したギリシアの哲学者。生没年不詳。タレス,アナクシマンドロス,アナクシメネスと続くとされる,いわゆるイオニア(ミレトス)学派の創始者。イオニアのミレトスの生れ。彼の活動は,幾何学,天文学,地誌,土木技術の分野のみならず,政治的実践など広範囲にわたった。イオニアの中央に位置するテオス市に全イオニア人のための政庁を置き,その他のポリスは一地方区とする彼の改革案は,その政治的実践活動を,リュディア王クロイソスのためにハリュス川の流れを変え橋をかけることなくその川を渡らせたという話は,その土木技術を,リュディア人とペルシア人の戦争を終末に導いた日食を彼が予言したことは,その天文学的知識を,メソポタミア,エジプト旅行を通じて知ったエジプトの測地術を普遍的な学としての幾何学にまで高めたとされているのは,その幾何学的知識を明らかにするものといえよう。また彼は,古来,ソロンらとともに七賢人のひとりとされている。
 タレスは,アリストテレスにより,素材(質料)因を万有の原理とした最初の人物として哲学史の発端に位置づけられている。彼の思考のうちに,神話的思考からの脱却,ただ理性によってのみ世界を理解しようとする合理的思考の始まりを認めたからである。タレスは,超自然的な神々の名を持ち出すことなく,自然のうちに遍在し,われわれが日常経験する〈水〉によって万有の生成変化と構造の在り方を説明しようとした。すなわち,水から万有は成立し,また水へと還っていくとし,この意味で水は永遠であり(したがって神的でもある),万有の構成素であると考えた。しかし,タレスの〈根元者〉としての水は,たんに生命なき物質としてのそれではなく,アリストテレスも注目したように,万有のうちに遍在し,万有に生命と活動を与える生命原理――〈プシュケー〉(いのち,魂)――でもあったことが注意されねばならない。(広川 洋一『平凡社 世界大百科』から抜粋)

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